上野公園のカフェを出て、公園で大道芸人(人間彫刻 白リーマン)を見たのが前回記事。
薄日も差し、散策するには暑くも寒くもない五月の陽気。
公園の木々の緑は、深みも膨らみも増して夏へと加速してみえる
それほど遠くない距離に東京藝術大学の大学美術館が現れる。
目的はこれ。相国寺(しょうこくじ)展。
↓
以前テレビの案内で知り、関心はあったが、訪れたのは降って湧いた用事の産物でたまたまだった。
下調べをもう少しして行けば、もっと楽しめたかもしれない。
録画してまだみていない番組が溜まっている。
その中の『日曜美術館(NHK Eテレ)』に、まさにこの「相国寺展」の回があった!(*_*)
先日それをみたら、
そうなんだ〜なるほどぉ〜
というものが多々あり...
前後のタイミングは残念だったが、それでも頭のなかで繋ぎ合わせて二度楽しめた (^^)/
◇
↓相国寺展―金閣・銀閣 鳳凰がみつめた美の歴史
◆展覧会概要 (案内より↓)
…
相国寺は、室町幕府三代将軍・足利義満(1358〜1408)が永徳2年(1382)に発願し、京五山禅林の最大門派であった夢窓派の祖・夢窓疎石(1275〜1351)を勧請開山に迎え、高弟の春屋妙葩(1311〜1388)を実質的な開山とし創建された禅宗の古刹です。
今も京都の地、御所の北側にその大寺の姿を誇り、金閣寺、銀閣寺の通称で名高い鹿苑寺、慈照寺を擁する臨済宗相国寺派の大本山です。
創建から640年あまりの歴史を持つ相国寺は、時代を通じ、数々の芸術家を育て、名作の誕生を導いてきました。
室町幕府の御用絵師とされる相国寺の画僧・如拙と周文。
室町水墨画の巨匠と称される雪舟。
江戸時代の相国寺文化に深く関わった狩野探幽。
そして、奇想の画家・伊藤若冲、原在中、円山応挙...。
中世に規範を得た相国寺文化圏の美の営みは、近世、近代、現代へと時を繋ぎ、相国寺、鹿苑寺、慈照寺が所有する美術品は相国寺境内にある承天閣美術館で公開されてきました。
本展覧会は、相国寺承天閣美術館開館40周年を機に開催するものです。
国宝・重要文化財40件以上を含む相国寺派の名品を中心に紹介し、相国寺の美の世界をみつめ、未来へ託します。
…
とある。
◇ ◆ ◇
今回のみどころは様々で、細かなことは他の講評・感想にお任せするとして...
※ 個人的感想で言えば、三点かな...と。
まずひとつは、これ。
…
・『売茶翁像』(伊藤若冲)
↓
※実物を観られたのは良かった!
まるで仙人のようなこの人は、
江戸中期の僧侶で還俗後に京都で『通仙亭』や路上で煎茶(喫茶)を始めた「売茶翁(ばいさおう)」
※ある陶芸家から売茶翁の話を聞き、煎茶道と煎茶急須を教えられ、自分でも煎茶急須を作り飲んでいる。
「売茶翁の生涯」(ノーマン・ワデル著)や「江戸 生きかたの達人たち(竜門冬二・他著)」という本も読んで、すっかり売茶翁に心酔した。
願わくは自分も、「令和の売茶翁」になりたいと、気分的には思ったりもしている (^^;
「茶銭は黄金百鎰(いつ)より半文銭までくれしだい。
ただにて飲むも勝手なり。
ただよりほかはまけ申さず」
京の文化人たちは言った。
「売茶翁の茶を味わわずして、風雅を語るなかれ」
◇
┗→40歳を過ぎてから本格的に絵師としての道を歩み始めた異色の画家。
それまでは、青物問屋の仕事をしていたのだが...
その才能を認め開花させた人物が、相国寺の僧・大典顕常(だいてんけんじょう)。
若冲は、相国寺の高僧で詩文にも優れた大典顕常と深い親交にあり、大典は若冲の画才を高く評価して、数々の漢詩を若冲の作品に寄せたりもしているという。
若冲は相国寺に対して仏教的絵画の寄進を多く行っている。
◇
その「若冲」という雅号の由来は、
『涅槃経(ねはんぎょう)』の一節にある「若冲不染世間法(じゃくちゅう ぜけんほうに そまらず)」という語句から来ているらしい。
意味:「若(もし)冲(おかす)とも、世俗の法(もの)に染まらず」
解釈:世俗の名声や利益にとらわれず、清らかに生きるという仏教的理想
或いは
『老子』の「大盈若沖」からの引用で、「大いに充実しているものは、空っぽのようにみえる」、からという説もある。
その「若冲」の名付け親は、大典顕常とされる。(^^; 売茶翁という説もあるが...
つまり、若冲はこの言葉を自身の理想とし、「俗世から離れた清浄な芸術家でありたい」という想いを込めて名乗ったとされる。
※ここで、改めて繋がるのは、
まさに『売茶翁』の生き方と精神性に思える!
伊藤若冲は売茶翁の理想に強く共鳴し、人物画は殆んど描かないという若冲が売茶翁の肖像画を何枚も描いている。
それは単なる人物画ではなく、売茶翁の精神性を映し取る仏画のような存在と見なされているようだ。
若冲は、売茶翁にぞっこん畏敬の念いっぱいだったに違いない
ついでながら、
相国寺の大典顕常も売茶翁とも親しく、後に『売茶翁伝』を編纂している。それぞれがキラキラと輝く内面の持ち主でもあったようだ。
◇
※実際、教科書にも載っておらず、自分でも若冲を知ったのはここ数十年のこと。
けれども近年、若冲の再評価で、歴史からようやく目覚めた伊藤若冲!
★誰によってか?!と言えば、
↓
美術史家・辻惟雄氏の貢献が大きく、1970年に著書『奇想の系譜』により、1971年には東京国立博物館で「若冲」展が開催されるきっかけとなったそうだ。
さらに、時々名を聞く有名人。
アメリカ人コレクターのジョー・プライス氏の存在がこれまた大きい!
┗→若冲の作品を収集し、2006年の「プライスコレクション『若冲と江戸絵画』展」で若冲の作品が広く紹介されたことで、若冲の名は広く知られるようになった!
もちろん、
若冲自身にも存分の実力とその魅力があったに違いない。
◇
若冲の絵というと、真っ赤なトサカの鶏絵が浮かぶかもしれないが、水墨画の襖絵(←今回も一部の展示)や絵本拓版などもあり様々だ。
ここまで書いて、随分と長くなってしまった
読み疲れを起こすと迷惑なので、ひとまずこれにて小休止とし、あと二つはまたの機会にしよう。。
誰も待ち望んではいなくとも、己の備忘として...(^^;
…
今日も元気で 楽しい一日に〜


今とは違うので名前を覚えるだけで
私には大変です
ささやきさんは書物、ドラマなどの
歴史物には良く触れているようですね
歴史上の人物の生き方にも
関心を持たれているのでしょうか
伊藤若沖、当時として40歳は
超遅いスタートでしょうね
でも、だからこそ満を持しての
挑戦?内面的欲求であったのか…
「大いに充実しているものは空っぽのようにみえる」
送信されてしまいました
(つづき)
「空っぽ云々…」僭越ですが
この言葉なんか解るような…
余分なもの(欲望全般?)を
脱ぎ去った後の身の軽やかさ
強さでしょうか…
そうですね、、
昔の人の名前は読みにくく、覚えにくく、似通った名前もありで、誰が誰やら何がなにやら混沌としてきます。
とかなんとか言いながら、現代の若い世代、その子供達の名前も読めず、覚えられず、ではありますが...(^^;
冬菊さんは老子の言葉に、さもありなんと思われた御様子。
『老子』や『荘子』(ともに「道家」と呼ばれますが)の書物は、短い章の寄せ集めで、どこからでもパラパラと読めます。
柔軟でしぶとく生きるための知恵が詰まってまして、東洋哲学として楽しめる人にはお薦めです。
「上善如水」「大器晩成」「和光同塵」「明鏡止水」「莫逆の友」などなど、老子、荘子が出典になってますね。
コメントありがとうございます(^^)
> 歴史上の人物の生き方にも関心を持たれているのでしょうか
↓
はい、興味があります。
同じ日本人でも、今と昔その時々、時代背景や立場立場で、
考え方、価値観などなど大きな違いがあります。
本当のことは分かりませんが、どういう時代の中、どのような人々がいたのか、様々な媒体を通して知ることがあると、とにかく楽しく嬉しくなります。
お金の掛からない好奇心です(^_^)/~~