道後温泉で見送られて路面電車に乗り、松山市駅へ

そこから高知駅行きの高速バス(予めネット予約済み)に乗車する。
バス停に高速バスが到着すると、大きな荷物ケースを持っていた先頭の女性は、運転手の奨めでバスの下腹に荷物を乗せた。
列の二番目にいた私は、乗車券(メール内容)を見せると、
「隣の席は空いてますので、荷物(リュック)は置けますからそのままどうぞ」
と言われ、(ラッキー!)と思ったが...
…
結局、始発駅で乗った客は私を含めて3人で、終点の高知駅まで乗り降りはなかった

バスは四国山地を抜けて、2時間10分(11:50〜14:00)で高知へ到着する。
途中、買い込んだおにぎりとサンドイッチでお昼の腹ごしらえをした。

山なみの途中ということもあり、バスのトイレ使用は思いのほか難儀をした。
体格のいい外国人なら、
体をねじ込む様にして一度入ったとしても、二度とそこから出てこられないのではないか?!
などとバカなことを考えつつ、死に物狂いで何とか用を足し、無事にソコから脱出した

話を先に進めねばならない...(^^;
◇

この友人があったればこそ!...高知行きが実現したわけで、
しかも土日の休日を潰して私めの為に要所名所の観光案内をしてくれた。
ありがたや!ありがたや!

↓ まずは駅前にどーんと立つ像が出迎え

※真ん中に坂本龍馬、左右に武市半平太と中岡慎太郎。
友は、「ここで一枚撮りましょう!」と行く先々でカメラマンをしてくれる。
旅の記念&証拠写真は沢山できた (^^)/
到着の日は、歩いて市内観光

はりまや橋は生憎の工事中で、シートで囲われた隙間から覗いた (^^;
次に坂本龍馬誕生の地へ行き、「龍馬の生まれたまち記念館」を見物。
↓
…
龍馬の生まれたまち記念館は、龍馬の人間形成の基盤となる家族やまちを紹介し、さまざまな困難を乗り越え、近代国家へ尽力した龍馬を顕彰するため、2004年3月誕生地・上町に開館いたしました。
展示館機能と公民館機能を合わせ持つ、全国的にも珍しい施設となっております。
展示館では当時のまちの様子や歴史、龍馬誕生から脱藩まで少年時代を中心に映像や模型などでわかりやすく紹介しています。
…
とあり、
…
龍馬の坂本家の本家・才谷屋やその周辺の家並み模型があった。
才谷屋の近くに「大黒屋」の看板も目に入った。
※「おっ!大黒屋だぁ...!」と思わず声に出した。
道後温泉で食べた、うどんと釜めしの美味しい店の名が「大黒屋」だった。
高知に来ても「大黒屋」とは、、何やらご縁のあることで...
と思ったのだった。
すると、横で友が言った。
「これ、『大黒屋』じゃないですよ!」
と、良く見れば「大里屋」だった

確かに「里」の下に四つの点が無い。ここでもボケをかます情けない高齢者。泣きたい

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「才谷屋」は、
坂本家の本家で、寛文6(1666)年に長岡郡才谷村からこの地に出て質屋を始め、後に酒屋や諸品売買業へと商いを拡大していった。
…
とある。
◇
ときに高知では、
何処に行っても「龍馬」一色で盛り上がっている。
普段に加え、龍馬の誕生日(11/15)にちなみ「龍馬まつり」の最中でもあったので一層のこと。
ちなみに龍馬が暗殺された日も生まれた日と同じで、享年33だった。
…
土佐が生んだ幕末維新の英雄,坂本龍馬。
その偉業をたたえ,顕彰する「龍馬まつり」。
毎年,龍馬の誕生日である11月15日に近い日曜日に,高知市桂浜で開催されます。
龍馬まつりの開催にあわせて,龍馬像の脇に櫓を組んで龍馬の目線から太平洋を望む「龍馬に大接近」も行われています。
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とある。
◇
ところで、水を差すようで且つ口幅ったい事を申し述べると、

「その知名度ほどには日本史に影響を与えていなかった」と加来耕三氏。
…
坂本龍馬という人のイメージや日本史上での功績は、司馬遼太郎の物語「竜馬がゆく」による、いわゆる『司馬史観』というもので、、
実際は薩長同盟にしても、大政奉還にしても龍馬の力によるものではないことが歴史学上明らかになっている。
龍馬が書いたとされた「船中八策」は、師の勝海舟や佐久間象山(しょうざん)、あるいは横井小楠(しょうなん)から教わったことを、まとめただけの話です。
…
とあり、これが歴史的事実であろう。
土佐のみなさん読み捨てください (^^)
それにしても司馬遼太郎の書きっぷりは、読み手に納得感、説得力があって実に面白い。若い頃には随分と読み漁り、生きる力も貰ったものだ。
◇
さらについでながら、高知では「龍馬旅券(パスポート)」なるものがあって、これを見せると参加の観光施設や商店での割引や特典が受けられる。
記念館でも、友人はこれを呈示していた。
各所でスタンプも押してくれて、それに従い、パスポートもステージアップ(青→赤→ブロンズ)して特典も更に有利になるらしい。
記念館のカウンターで、「パスポートを作りませんか?」と言われ、今回旅行で来ただけなので...と辞退すると、
「旅行の記念に作られる方も多いですよ」
というので、申込用紙を貰った。
該当施設3個のスタンプがあれば、申請できるという。
旅から帰宅して、チラシに付いていた申込ハガキを送ると、
↓

※私も「龍馬パスポート」の保有者となった!

まずは青色旅券。(でもしかし、ずっとこのままに違いないが...)(^^;
◇
次に高知城へと足を運んだ。長宗我部元親、山内一豊のゆかりの城。
幕末には15代藩主の山内容堂がいた。酒と女と詩を愛し、自らを好んで「鯨海酔侯(げいかいすいこう)」や「酔翁」と称した、もはや土佐の妖怪か...
↓



↓天守最上階までの急な階段をよじ登った。

↓高知城からの眺望



それにしてもお城の生活は、急な階段をみれば相当厄介だったように思う。
我々平民が観光するにも、足腰が丈夫でなければ天守まで登ることも叶わない...
旅をするのも、遊ぶのも、食べるも、飲むのも、不健康になってからでは心から楽しめない。
万事、元気な内が勝負かな...と強く思う旅でもあった。

…
今日も元気で 楽しい一日に〜

【記念館にあった、龍馬の言葉】


四国って小さいようで大きいのだな〜
いつの日にか四国の旅をお楽しみください。