2019年11月14日

「たのむを戒しむ」を貝原益軒に学ぶ

江戸時代の学者で文化人貝原益軒の書いた江戸時代の超ロングセラー『養生訓』をみてみたい。
(※関連記事に興味のある方はブログ・カテゴリーからご参照ください)

今回は、「たのむを戒(いま)しむ」という話。

「養生訓」巻第二には、
「万(よろず)の事、皆わがちからをはかるべし。
  :(中略)
 分外(ぶんがい)をつとむべからず」

とある。

 自分の力の及ばないことを無理やりにすれば、「気」も減り「病」を生じることになる。
だから、己の力をはかって、限度を超えたことをしてはならない。


というように戒めている。

※断わっておくが、人が努力して何かを精進する、鍛えるというときの話ではない。

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養生の道は、たのむを戒しむ
わが身のつよきをたのみ、わかきをたのみ、病の少しいゆるをたのむ。
是(これ)皆わさはひの本也。
刃のとき(鋭い)をたのんで、かたき物をきれば、刃折る。
気のつよきをたのんで、みだりに気をつかへば、気へる。
脾腎(ひじん)のつよきをたのんで、飲食色慾を過ごさば、病となる。
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と言っている。

この「たのむ」とは、「過信」すること或いは「無茶」をすることである。

 自分の頑健さや若さを過信して、(まだ見た目では体を悪くしていないからと)
度を越した飲食や色欲にふけっていては、鋭い刃物も固い物にぶつかって刃が折れるようなことになってしまう。

と戒めているのだ。

現代では、ゲームや様々のわきまえぬ欲望の追及で視力を酷使したり、睡眠時間を減らしたり、
自分の体のことを考えずに、妙なことにエネルギーを使い減らしてはいないだろうか。

その様なことも警告しているのだと思う。

「医学の父」と言われる古代ギリシアのヒポクラテスも、貝原益軒「医学の限界」ということを謙虚に受け止めていた。

だから、もし人が、
「その手段を超えた病気にかかったとき、それを医術で克服できるなどと期待してはならない」
と言っている。

普段は、自分の体のことはあまり考えずに、体が悲鳴をあげるようなことをしておいて、
病気になったら医者や薬で治してもらえばいい、
という安易な考え
方をしていないだろうか。

自分の限度をわきまえて、(病気を未然に防ぐための)養生をしなさい、と説いているのである。

「病なき時、かねてつつしめば病なし」

というように考え、
わが身を過信せずに、わが身を律することが自分自身でできる「養生」(病気予防)となる。
posted by ささやきごと師 at 06:10| Comment(0) | 貝原益軒に学ぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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